■■日本現代中国学会ニューズレター第15号■■

                               2005年5月 


目次--------------------------------------------

巻頭言 愛国主義の妖怪     毛里 和子
各地域部会活動報告
研究集会の予定
会員新著紹介
組織状況
後記
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【巻頭言】愛国主義の妖怪

             理事長  毛里 和子(早稲田大学)

  
 この4月、週末になると中国都市部で若者の反日デモが広がり、日中関係を緊張させた。1972年の国交正常化以来最悪の状態だと人々は論評した。日中の経済関係や草の根の交流がこれだけ増えているのに、「なぜ」と多くの人が困惑したにちがいない。中国指導部や公安部門が力で反日の動きを抑えこみ、五四の日をふたたび「抗日記念日」として歴史に残すことだけは避けられた。しかし、もちろんのことながら、いつでも再燃の可能性を秘めている。
 なぜこのようなことになったのだろう?西安の大学で日本人学生がやった品のないパフォーマンスへの反発、サッカーのアジアカップ予選での重慶事件などですでに予兆はあった。昨年9月〜10月にかけて社会科学院日本研究所が行った対日イメージ全国世論調査にも、対日感情の悪化が顕著に出ていた。「親近感をもてない」、「親近感などもってのほか」が合わせて53.6%に上り、「とても親近感をもつ」、「まあもつ」の合計6.3%を大きく上回った(有効回答3000人)。ちなみに、2年前の同じ調査では、前者が43.3%、後者が5.9%である(『日本学刊』2004年第6号)。なお、反日デモ直前の朝日新聞の世論調査では、「中国を好き」だとするもの10%、「嫌い」28%、「どちらでもない」が60%となっている(有効回答1781人。朝日新聞2005年4月27日)。
 こうした素地に加えて、日本が国連安保理常任理事国を目指して政治的パワーをアピールしたこと、東シナ海での資源をめぐる紛争や尖閣列島問題、さらには、台湾をにらんだ日米軍事協力の強化、EUの対中武器禁輸に対する日本の抗議など、一連の動きが中国の若者の反発をいっぺんに爆発させたのだろう。 それにしても、正常化以来30年余りのさまざまな分野での交流の積み上げは一体なんだったのだろう。
 「愛国主義の妖怪」が徘徊している。今回の反日デモでもっとも驚かされたのは「愛国無罪」というスローガンである。もちろん、一国の総理が、むしろアジア周辺国を挑発するように、戦犯を祀った靖国神社に何回も参拝することの“愚”は言うまでもない。またここ数年、東アジアが連携に向けて動き始めているというのに、日本の実態としての「アジア化」が進んでいるというのに、日本のアジア戦略がちっとも見えてこないのも事実である。それにしても、なぜ彼らは、「愛国無罪」を叫び、日本商品があふれているところで「日貨ボイコット」を叫ぶのだろう。それを聞いたとき、一瞬、80年前にタイムスリップしたのでは、とさえ思った。どう考えても、改革開放を押し進め、WTOに加盟し、グローバリズムの波に乗りながら、世界の中で近代化を実現しようとしている国の民のやることではない。彼らの頭の中は1945年で止まっているのだろうか。
 「愛国無罪」は文化大革命期の「造反有理」を思い起こさせたが、それで思うことが二つある。まず、そもそも「愛国は無罪」だろうか? 「国」のために、「国」の名前でどのような悪がまかり通ってきたか、日本近代の侵略の歴史を見るまでもないだろう。「国」はそれ自体はほとんど悪である。近代中国は侵略した経験をもたない。また現代中国も、対ベトナムを除けば、基本的に平和愛好的であった。だが「国」は、対内的には圧政と抑圧の隠れ蓑になってきた。
 もう一つは、いまの中国では「愛国」の表現、デモンストレーションしか「無罪」ではない、という厳しい現実を今回の反日運動ははしなくも露呈したという点である。「愛国」ならすべてが許される、は、逆にいえば、「愛国」以外の政治行動はしてはならない、ということなのだろう。そろそろ「愛国」の軛から解き放たれてしかるべき時なのに。
 4月の反日デモは二つのことを教えている。一つは、日本と中国の間では、少なくとも感情的には「戦後」は終わっていないのである。1972年の国交正常化は不完全だったし、その後の二国間関係もその点では不十分だった。歴史を忘れやすい日本は、とくに、まずここから出発すべきだろう。もう一つは、日中関係を侵略と被侵略の歴史だけで見るのは間違っているということである。1945年までの半世紀とそれ以後の半世紀は明らかに違う。トータルに見つめなければならない。そういう「歴史教育」が日中双方で必要なのである。
 日韓関係もナショナリズムに翻弄されているように見える。だが、1998年10月、日本側は、「飛躍的な発展と民主化を達成し、繁栄し成熟した民主主義国になった」として韓国をたたえ、韓国側は、「戦後の日本の平和憲法のもとでの専守防衛および非核三原則をはじめとする安全保障政策」などで日本をたたえた(日韓共同宣言)。この相互の敬意があって両国の最低限の「和解」ができたといえる。日中が、国民を含めて、敬意をもった関係に成熟していくのは、いつのことなのだろうか。


□各地域部会活動報告

西日本部会「現代中国講座」3月例会

日時 3月28日(月)16:30〜18:00
場所 九州大学六本松キャンパス本館第2会議室
発表
1.新谷秀明 「国立労働大学とアナーキスト」


西日本部会春季研究集会

日時 4月16日(土)13:30〜17:30
場所 西南学院大学学術研究所大会議室
発表
1. <経済> 河村誠治(山口大学)
「香港ディズニーランドの2005年開園の意義」
2. <歴史> 横山宏章(北九州市立大学)
「長崎所蔵の対中国関係資料 −明治以降の資料紹介」
3. <文化> 羽田ジェシカ(九州大学非常勤)
「シンガポール木版画の先駆者たち」
4. <文学> 秋吉 收(佐賀大学)
「“台湾の魯迅”頼和にみる大陸新文学の影響」


関西部会春季研究集会

日時 3月5日(土) 10:00〜17:00
場所 キャンパスプラザ京都

<自由論題・政治経済分科会>

1.姜 旭(桃山学院大学院生)
 「省別貨物輸送量に関する回帰分析」
  コメンテータ:白石麻保(日本学術振興会奨励研究員)
2.姚新華 (奈良女子大学院生)
 「中国の農村養老保険に関する考察−内陸少数民族自治県を事例に」
  コメンテータ:中川涼司(立命館大)
3.登り山和希(大阪市立大学院生)
 「日中港湾物流の現状と課題 −大阪港の事例から−」
  コメンテータ:松村嘉久(阪南大学)
以上司会:金沢孝彰(和歌山大)

4.曹海石(法政大学大学院)
 「抗日統一戦線に見る中国共産党の朝鮮人政策」
  コメンテータ:鄭雅英(大阪市大)
5.崔勇(桃山学院大学経済研究科)
 「1970年代後半の中国における知識青年の都市帰還に関する研究」
  コメンテータ:山本恒人(大阪経済大)
【特別講演】胡礼忠(上海外国語大学国際問題研究所教授)
 「第2期ブッシュ政権と中国外交」
以上司会:西村成雄(大阪外大)

<自由論題・歴史文学分科会>

1.ポール・シンクレア(大阪外大院生)
 「日本人の中国大陸における中国語教育機関について」
  コメンテータ:三好 章(愛知大)
2.李c(愛知大学中国研究科)
 「中国人の日本語観に見られる偏りについて」
  コメンテータ:山崎直樹(大阪外大)
3.瀬辺啓子(京都産業大学)
 「近作映画にみる中国社会」
  コメンテータ:川井 悟(プール学院大)
以上司会:田中 仁(大阪外大)

4.河本美紀(大阪外大院)
 「張愛玲と香港映画」
  コメンテータ:濱田麻矢(神戸大)
5.羽田朝子(奈良女子大院)
 「旧い家を出る女性たち――五四期の文学に見る女性像」
  コメンテータ:北岡正子(関西大)
6.牧野格子(関西大学非常勤)
 「謝冰心とボイントン」
  コメンテータ:岩崎菜子(立命館大)
以上司会:藤野真子(関西学院大)


関東部会定例研究会

日時:2005年4月9日(土)午後2時〜5時
場所:東京大学教養学部(駒場キャンパス)18号館4階 第一会議室

テーマ:戦争期の「対日協力」問題――周作人の場合

報告者:木山英雄氏(中国文学)

コメンテーター:
 丸川哲史氏(台湾文学、明治大学)
 関智英氏(中国現代史、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程)
司会:坂元ひろ子(一橋大学)


関東部会修士論文報告会

日時:4月23日(土)
場所:東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム3

1.ゼーベル,シュテファンSAEBEL, STEFAN HERMANN
(東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻)

 「戦後日本の引揚政策と引揚者の日本社会への統合」
2.ウヨンビリゲ(烏雲畢力格)(一橋大学大学院言語社会研究科)
 「費孝通:多元一体の思想−中華民族多元一体論をめぐって」
3.土田 正(一橋大学大学院社会学研究科)
 「鄭観応思想研究−その世界観と秩序観との相克を中心に」
4.長友 昭(早稲田大学大学院法学研究科)
 「中国における農村土地請負経営権の法的性質に関する一考察」
5.任 哲(早稲田大学アジア太平洋研究科国際関係学)
 「階層分化と中国政治−中国社会の利益集団の役割分析を中心に−」
6.御手洗大輔(東大法学政治学研究科)
 「中国民事訴訟法における当事者制度の展開」
7.弓野正宏(早稲田大学政治学研究科)
 「冷戦後日米中3カ国の安全保障を巡る戦略関係の変遷:中国の日米安保体制
に対する認識を中心として−日米安保体制はアジア太平洋地域の国際公共財な
のか、それとも対抗の根源か?」




□研究集会の予定

関西部会夏季研究集会

日時:2005年7月16日(土)
場所:関西大学100周年記念会館


全国学術大会

日時:2005年10月22日(土)、23日(日)
場所:愛知大学車道校舎

* 詳細は逐次ホームページに掲載されます

≪会員の新著紹介≫

<KUARO叢書4>『中国現代文学と九州――異国・青春・戦争――』
岩佐昌ワ編著  2005年4月 九州大学出版会

 本書は九州で留学生活を送り,中国文壇で活躍するようになった作家たち(郭沫若,張資平,陶晶孫,夏衍など)と,旧満州,台湾,上海租界などで文学活動をした九州ゆかりの日本人の事績を紹介するものであり,中国現代文学の発展に九州が大きく関わっていた事実を明らかにし,九州とアジアとの関係を考えていく契機となろう。(九大出版会ホームページより)

●主要目次●
序 章 中国現代文学と九州 岩佐昌ワ
第一章 文学者郭沫若と九州の縁 武 継平
第二章 陶晶孫と福岡 小崎太一
第三章 張資平と九州・熊本 松岡純子
       旧制五高の青春  
第四章 夏衍と北九州 新谷秀明
第五章 上海を見ていた墓 横地 剛
       魯迅と鎌田誠一  
第六章 魯迅と長崎 永末嘉孝
第七章 「満州国」詩人矢原礼三郎と『九州芸術』
与小田 隆一
第八章 内なる自己を照らす「故郷」 間ふさ子
       坂口れい子の文学における台湾と九州  
第九章 魯迅と郭沫若 山田敬三
       その九州大学との関係  



■組織状況

現在の会員数 689名(2005年5月12日現在)


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〔後記〕

 3月に福岡地方は予期せぬ大地震に見舞われ、場所によっては食器棚が倒れたり、書斎や研究室の書籍が散乱するなどかなりの被害がありました。各地の知人、友人から見舞いのメールや電話をいただきましたが、幸い私の所はさしたる被害もなく、こうして無事第15号ニューズレターをお届けしています。
そんななか九州在住の現代文学研究者を中心に共同執筆した『中国現代文学と九州』も上梓されました。手前味噌ではありますが、編者である岩佐理事の許可を得てここで紹介させていただきました。今後も会員の新著をできるだけ取り上げていきたいと考えています。自薦よろしくお願いします。

編集担当  新谷秀明(西南学院大学)