第1報告(10:20〜11:10)
「「野蛮」な「文明」――社会小説に描かれる文明結婚」
神谷まり子(国士舘大学)
英語civilizationの訳語としての「文明」は、西洋の社会制度を模範とする進化の到達点を示す言葉として、1890年代後半頃に中国に輸入された。しかし民国初期の社会小説では「文明も行き過ぎれば、幾らか野蛮な性質も現れてくる」(『歇浦潮』第十四回)という表現にも見られるとおり、「野蛮」な行為や人物と結び付けられて使用されることが多い。「文明」「自由」などの言葉が批判的意味合いで捉えられ、様々な近代的事象が徹底的に風刺されることはこの時期の社会小説の大きな特徴であり、このような考え方を象徴するものとして当時繰り返し描かれたのが、文明結婚であった。文明結婚は清末に上海などの一部の都市で流行し始めた西洋式結婚を指し、のちには伝統的な結婚儀式の形をとらない簡素な結婚式や、男女が自由恋愛の結果結ばれることを意味するようになった。『歇浦潮』や『続海上繁華夢』などの作品では、従来の結婚手続きをとらないために結婚詐欺に悪用される場面や、自由思想にかぶれて軽はずみな結婚をする女学生を描いた場面など、往々にして「悪い」結婚として描かれる。本発表では1910年代から20年代にかけて発表された代表的な社会小説における文明結婚の描写と、画報などの通俗メディアに垣間見える文明結婚像を考察することで、鴛鴦蝴蝶派文学につきまとう保守的イメージについて再考したい。社会小説の描く「野蛮」な「文明」には、人心の荒廃と拝金主義への批判が隠されているとも思われ、それは辛亥革命以降の社会に対して人々が感じていた幻滅や違和感を敏感に嗅ぎ取っていたとも考えられるのである。