自由論題:経済・社会分科会


【第2報告】
中国における地域間連関構造―中国多地域産業連関モデルの応用
                神戸大学大学院経済学研究科 胡 秋陽

 中国では80年代以降の沿海地域傾斜の対外開放戦略を実施した。この戦略の背景にはいわゆる「はしご理論」,「梯度」理論がある。つまり、国内経済の束縛の受けない海外との貿易により沿海地域の経済発展が促進され、そして、その効果が徐々に内陸にも浸透・波及し、中国全体の成長発展につながると期待された。ここで重要となるのは地域間の経済関連である。本稿は中国の地域間連関関係についてアジア経済研究所の中国多地域間産業連関表を用いて、量的に考察する。
 結果によると、沿海地域対外開放政策は功を奏し、沿海地域で海外との分業が進んでいる。そして、沿海地域の生産性が高く、生産性の低い他地域産業と結合して生産し、全体の生産性向上に貢献する役割を持つ。しかし、その発展が「はしご理論」が示唆するように内陸へ波及するには問題がある。特に南部沿海のように在来加工型貿易の推進は、海外との分業が進むが、地域内そして国内他地域他産業との中間財取引が形成されず、その波及効果がかなり限定的となる。中国では90年後半から長江デルタを重点地域と指定したのは、中部沿海を産出乗数と分業構造からみて、内陸地域との関連が他の沿海地域より強いという意味で、一定の合理性を持つ。ただし、内陸地域たとえば西部両地域では、自らの労働生産性を改善する必要がある。また、「高加工度化」をもたらす工業化の促進により、地域内産業間および他地域産業との関連構築も必要である。このような努力が沿海部からの浸透・波及を活かせるのに必要である。そして、中部地域はその中間に位置し、生産構造面では東沿海地域と西部内陸地域とも密接な関連を構築しているため、重要な役割を期待すべき地域となろう。
 需要面の中国地域連関構造をみると、沿海地域では対外開放が進み、外需誘発に強く依存している。逆に、沿海自らの最終需要および沿海からの輸出は、その誘発効果があまり内陸へ浸透していない。つまり、沿海地域の需要および輸出により内陸の生産を誘発するような効果があまり期待できない。ただし、各地域の輸出が生産と付加価値に対する誘発効果が、地域内最終需要に比べて高い。そして、中部地域ではその最終需要が高い経済誘発パフォーマンスを示している。


【第3報告】
中国における日本NGOの緑化活動の現状と展望
                     東京農工大学大学院 橋 智子

 中国の自然環境問題の深刻化に伴い、1990年代を通して、日本のNGOの対中国援助協力への関心の高まりと援助件数の増加がみられる。特に援助件数が多く活発な動きをみせているものは、「植樹」を軸とした緑化活動に取り組んでいるNGOである。
 1991年、日本沙漠緑化実践協会が初めて日本人の市民ボランティア隊を内モンゴル自治区恩格貝に派遣したのを契機に、日本のNGOおよび日本人ボランティアによる中国での緑化活動が普及していった。2004年現在、内モンゴルは日本NGOが最も集中する地域となり、少なくとも10団体以上のNGOが活動を展開させている。砂漠化防止のための緑化活動をおこなう日本NGOの活動地域は、今や内モンゴルだけでなく、山西省、河北省、陝西省、北京市郊外など中国の北方地域にも分布している。1998年の長江大洪水以降は、土壌流失の甚だしい南方地域の河川沿いで緑化活動を行うNGOも登場するようになった。
 中国で緑化活動に従事する日本のNGOが増加している要因には、中国側の六大林業工程に基づく事業の実施や環境関連の法・条例の整備がある。さらに、日本NGOの中国での緑化活動の助成を目的とし、2000年に設立された「日中緑化交流基金(通称:小渕基金)」の影響は大きく、緑化活動の経験のないNGOの参入もみられる。これらの日中双方の政策は、日本NGOにとって中国での活動に着手しやすい状況をもたらしている。また、日本NGO側も、1992年の地球サミット以後、地球環境問題というグローバルな意識を抱いて中国での活動に着手するようになった。このように日中双方の政策状況や日本NGO側の理念のグローバル化を受けて、今後も日本NGOの中国で緑化活動は継続されていくであろう。


【第4報告】
北京市農村部における医療保障状況
―北京市農村部医療保障問題に関する調査報告の検討―
          立命館大学・国際関係研究科博士後期課程 徐 林卉

 1978年に改革開放政策が実施されて以来、中国経済の著しい発展は目を見張るものがある。特に90年代以降の発展は、日本などの先進工業国に脅威を感じさせている。しかし、同時に、都市と農村の発展格差は、今後の中国のさらなる発展に影を落としている。
 中国の都市と農村の格差は単に収入及び消費だけでなく、社会保障の面においても、明らかである。もちろん、後者の格差はある程度前者の格差によるものではあるが、制度的原因によるものも少なくない。本稿の目的はまず、中国の医療保障において、都市、農村の保険制度及び医療資源の占有に格差があることを公式データによって明らかにすることである。次に、中国農村の医療保障がどのような問題を抱えているのかを、北京市農村部を事例とし、実態調査に基きながら明らかにすることである。最後に、北京市農村における新型合作医療保険制度の実験プロジェクトを検討し、中国農村医療保険制度の再構築に提案することである。
 北京市農村部における医療保障問題は以下の4つにまとめることができる。(1)医療保険制度の未完備(2)医療設備の老朽化及び医療技術者の欠乏(3)住民医療負担過重問題(4)住民の健康問題。
農村医療保障問題の解決に向けて、北京市政府は2001年に懐柔区を農村医療保険制度の実験地域に選定し、新型合作医療保険制度の実験を試みた。その成果として農村住民の医療費負担軽減、農村住民の政府に対する信用の回復などが挙げることができ、また問題点として「新型合作医療保険制度」の管理に関する行政機関間の不統一、保障レベルが低いなどが挙げることができる。
 中国農村医療保険制度の再構築を考えるに当たって、農村部を経済発展レベルによって、三つの地域に分ける医療保険モデルが期待できるであろう。


【第5報告】
中国における国際労務輸出について
                        大阪経済大学大学院 太 武原

 現在、世界規模で進行する国際労働力移動は、世界経済の相互依存の拡大と南北問題の深刻化を背景として、拡大しつつある。この流動は、量的にも既にかなりの規模に達しており、国際労働力移動数は2500万人、外国人労働者は8000万人であると、推定されている。移動の形態も多様化して、従来は、発展途上国から先進国への移動が主流を占めていたが、今の国際労働力移動は、途上国から先進国の移動を加えて、途上国間でもより高い賃金、高い所得を求めての移動となり、また経済のグローバル化進行による企業活動の舞台が国際的に一層拡大する事によって先進国から発展途上国への「企業内転勤」などの形での移動も活発化している。また、国際労働力移動に伴う「海外からの送金」が途上国のGNPに与える経済効果も無視し得ない。
 中国における国際労務輸出は、改革・開放後の1979年から始まって、今日に至るまでの僅か25年の浅い歴史しか持っていないが発展テンポが速く、成果は著しい。
 中国の国際労務輸出は、外貨の獲得と国内失業・就業問題を解決する一環として中央と地方政府から重要視されており、またWTO加盟を契機に国内企業の「走出去」(海外進出)戦略の一つとして位置づけられている。しかしながら、このような、中国における戦略的な問題に関する包括的な研究が日本でこれまでほとんどおこなわれてこなかったのが現状であり、アジアにおける国際労働移動に関する研究においても、取り上げられているのは、中国以外のフィリピン、タイ、インド、マレーシアなどの国だけである。日本における中国労働力移動に関する研究があったとしても、そのほとんどが、中国国内での省間、地域間移動に限られている。
 本論文では、このような現状を踏まえながら、まず国際労働力移動の歴史、先行研究、現状を概観し、次に中国における国際労務輸出の歴史と背景・現状を分析し、また国際労務輸出を推進する国の政策と措置を考察し、問題点と今後の対策を示したい。なお、サンプル調査を通じて中国の国際労働移動の規模を裏付けたい。


【第6報告】
広東省における職業教育の実態―職業訓練センターの事例―
   大東文化大学大学院アジア地域研究科博士課程後期 嶋 亜弥子

 1978年改革開放以後の政策転換で労働政策の転換が行われた。この政策転換で、それまで戸籍制度などの諸制度により都市と農村で分断されていた労働力が市場化され始めた。83,84年「労働契約工制」試行・実施、92年「全員契約工制」試行や同年7月23日「企業経営メカニズムの転換条例」制定、94年7月5日「労働法」公布など市場の法整備化が実施された。こうした市場化の進展の一方で、労働市場内にいくつかの問題が浮上した。その一つが需給の不一致−中国にとって新しい産業に適合する高級技術者及び中級技術者の不足である。特に新産業と長い間抑えられてきたサービス業の各職種の労働者の不足をさす。これは1990年代から現在にいたるまで続く深刻な問題のひとつとなっている。
 他方で、96年5月15日「職業教育法」公布、98年「職業資格証書制度」の実施、99年「双証(「卒業証書」と「職業資格証書」を指す)」の再強化と、80年代以後職業教育に関する法整備が本格的に展開された。02年7月末には全国職業教育工作会議が開かれ、閉会時に朱鎔基は「職業教育の改革と発展を促進していくには常に社会や市場に向けて、職業教育の質量を着実に高め、職業教育と労働就業の関係を強化していく必要がある」と強調した。現在も職業教育の正確な位置付けと職業教育を取り巻く環境が強化されている。
 本報告では広東省における職業教育の実態の考察をおこなう。上述した中国全体の労働市場と職業教育の現状に加え、中国国内でも特に第3次産業の発展の著しい広東省広州市を取り上げる。問題設定として、資格付与(=職業教育の進展)がゲマインシャフトからゲゼルシャフトへのシフトを促進し、労働市場の地域性を破り、中国労働市場の国内統一への架け橋となっているのではないかということを挙げる。中国の労働市場を考察する際、労働市場の地域性なしには語れない。労働力の地域性が強かった理由は以下の2点である。1つに計画経済体制期の中国、もう1つは人間の移動を禁止した地域独自の経済圏を作る方針がしかれていたこと。それが現在、資格が労働市場の地域性を破り、中国労働市場の国内統一への架け橋となっていることを指摘する。報告では2004年2、3月に行った現地調査、職業訓練センターの事例をもとに紹介・報告する予定である。