共通論題―政治

グローバル化と中国のナショナル・アイデンティティー――政治の観点から

 

高原明生(立教大学)

 

グローバル化と中華アイデンティティーの相剋というと、1986年に放映されたテレビ・ドキュメンタリー「河殤」が思い起こされる。「河殤」は中華文明を否定的に描いた廉で批判を受けたが、今の中国共産党中央は、世界の潮流が経済のグローバル化と政治の多元化にあると認め、それに適合した経済、政治、外交のあり方を自覚的に模索している。

かつて、これに関連して政策上の大論争があったのは、中国に適合した経済制度、なかんずく政府=企業間関係をめぐってのことだった。企業に近代的な会計制度を導入し近代的な税制を早く実現しようとする考えに対し、政府部門と企業との間の請負制こそが有効だとする立場が政策決定過程の主流だった時期も長かった。しかし、朱鎔基が経済改革の主導権を握った1993年以来、「国際基準」に合致することが改革の明確な目標とされるようになった。

グローバル化に合わせた政治改革も徐々に深まりつつある。一つの注目すべき措置は、199810月に国際人権B規約への署名に踏み切ったことである。

他方、経済のグローバル化に合わせた政権の延命策がいくつか採られている。やはり激しい論争を経て、「社会主義」はいよいよ中国の特色を濃厚に帯びるようになった。

第一に、イデオロギーを修正し、公有制を実質的に放棄した。19999月の第15期中央委員会第4回総会において、公有制が「質的な優位」を保ち、国民経済の要さえ抑えていれば、「量的な優位」がなくとも「公有制を主体とする所有制」と「社会主義」は維持できると解釈しなおした。

第二に、私有化(「民営化」)の必然的な結果として資本家(「私営企業主」)が急増し、この新興社会勢力と如何なる関係を結ぶのかが共産党の政権維持のために重要な問題となった。江沢民は結局、20017月の建党80周年記念講話において資本家の入党を公式に容認した。それを正当化したのが「三つの代表」論であり、党は先進的生産力の発展要求、先進的な文化の前進方向、そして最も広範な人民の利益の三つを代表しなければならないとされる。

第三に、アジア金融危機をきっかけとして、共産党はグローバル化に対処する新しい役割を見出した。規律と秩序ある市場化を実現するために、銀行や企業の経営者に対する監督を強化することがそれである。そのために、党中央金融工作委員会と党中央企業工作委員会を樹立し、党組織を拡充した。

党の変質は必ずしも民主化を意味するわけではない。中国の政治文化、法治の未成熟、国土の広さと多様性、そしてナショナリズムの高揚の具合からして、国民統合と秩序維持、そして中華の振興を大義名分に権威主義的な体制がずるずると続く可能性が高い。

外交面では、米国とできるだけ協調しながら、且つ一極集中を避けるべく、地域主義への傾斜が目立つ。そこには、米国を排除する東アジアの地域主義か、米国を容認したアジア太平洋のそれかという意見対立があるが、趨勢としては後者が優勢となりつつあるように思われる。しかしいずれにせよ中国の場合は、地域主義と言っても、国益のためのそれという色彩が濃厚である。