文学・思想―5

『上海漫画』にみる「他者」としての女性と自己植民地化

――「世界人體之比較」を中心に――

 

 井上 薫(大阪大学大学院生)

 

今回取り挙げる『上海漫画(The Shanghai Sketch)』(中国美術刊行社 1928.4.211930.6.7)は、王敦慶・黄文農・葉浅予・張光宇らの手により、上海にて、毎週土曜日3000部発行されていた週刊誌であり、号数は計110期を数える。葉浅予の長編連載漫画「王先生」を始め、風刺画や時事ニュース、最新ファッションの紹介や美術鑑賞等々、多彩な内容となっており、価格は、大洋5分〜小洋1角であるが、その他に、定期購読や掲載広告料についても事細かに規定がなされている。また、カラーページや写真が豊富に採り入れられるなど、ビジュアル面が特に充実しており、商業主義的な娯楽情報雑誌との性格が色濃く、主な読者層も、上海など大都市に住む比較的豊かな階級の男性と目される。

この『上海漫画』において、前述の「王先生」と共に、とりわけ人気を博していた連載コーナーが「世界人體之比較」(全37回)であり、『上海漫画』廃刊後、単行本として出版が企画されたことからも、その人気ぶりが伺い知れる。この「世界人體之比較」でいう「人體」とは、即ち「女体」を意味し、毎回、世界各国の女性の全裸写真を数枚掲げては、「医学的芸術的」見地からの検証・分析が行われる。恐らく、多くの男性読者は、そうした「学術的」解釈よりはむしろ、赤裸々な女性の写真そのものに興味があったと推測されるが、例えば、『上海漫画』創刊直前の192847日に、市政府が猥雑な出版物の売買を禁止するなど、当時の社会状況からみても、ここでの「医学的芸術的」態度の表明は、いわば大義名分として不可欠であったと考えられる。つまり、これら裸体写真に付されたのは、当時の上海において、公に罷り通るべく記された「正当な解釈」であったといえるだろう。

こうして、各国・各民族の女体について、その皮膚の色合いやプロポーション、骨格や発育状況等が、文字通り「比較」されるわけであるが、時には、入念に、正面・背面・側面といった3方向からのショットが掲げられ、八頭身をもとに図式化されるまでに至る。そして、それら女体の美醜には、先天的な要因の他に、環境や習慣など後天的な要素が影響するとされ、スポーツやダンスによる鍛錬や、緊縛されない衣服着用による自然な発育が推奨されると共に、均整のとれた体型づくりが提唱される。ただし、これらは、単なる審美眼や健康志向に拠るものではなく、姿態の「美」は、即ち、国家や民族の優秀さの象徴であるとの考えに基づいており、「完璧なプロポーション」の白人女性が、その頂点としてとらえながら、中国人女性が今後目指すべき理想像として提示されている。またその一方で、アフリカや東南アジアの女性には、「野蛮」「愚鈍」との評価が下され、自国民以外の有色人種に対する偏見とナショナルな優越感が滲み出ている。

このように、国家や民族の優劣を見極めるバロメーターとして、「陳列」される全裸の女性たち――彼女たちに注がれる男性の眼差しは、「他者」へのそれに他ならず、同時に、その「正当な解釈」には、欧米列強への憧憬が如実に表れ、ここに、租界時代の上海に「流通」した自己植民地化の一端が見出されるのである。

本報告では、テキストに、『上海漫畫(影印本・全2冊)』(上海書店出版社 1996年)を用い、適宜具体例を挙げながら、考察をすすめていく予定である。