歴史・社会―6

「北京市海淀区・豊台区社会調査から見る北京市住民の環境意識」

 

杉山 文彦(東海大学)

 

 1980年代より本格化した中国の改革開放政策による経済発展に伴い、様々な環境問題が発生していることは、すでに各方面から指摘されている。この問題は一中国の国内問題に止まらず、地球環境全体に影響する問題であり21世紀の大問題の一つであることは言うまでもない。本報告では、1999年、2000年の二度にわたり中国人民大学社会学系の手によって行われた北京市海淀区(99年)豊台区(00年)での社会学調査のデータをもとに北京市住民の環境問題に対する意識のあり方を考察することを目的とする。

 中国の環境政策は、日本や欧米の様に市民運動・住民運動の主導によるのではなく政府主導によって行われてきたことは、すでに小島麗逸氏ほか多くの研究者によって指摘されている(小島麗逸「大陸中国―環境学栄えて環境滅ぶ―」『開発と環境―東アジアの経験―』アジア経済研究所編所収1993年 ほか)。また、このような環境政策のあり方が、中国の一般民衆の環境問題に関する認識に独特のねじれ現象を起こしていることが、1995年に中国人民大学社会学系によって行われた全国調査のデータから見て取れる(周志中、李強主編、洪大用主筆『中国公衆環境意識初探』中国環境科学出版社、拙稿「中国の社会変動と環境意識」『行動科学研究』53号、東海大学社会科学研究所)。即ち、中国政府の教育と宣伝の効果によって民衆の間には、中国には種々の環境問題があり、それもかなり深刻なものであるということは、知識としてはかなり広まっている。しかし、人々の日常生活とそれら環境問題とはあまり結びついておらず、中国の環境問題は深刻であるとする人のかなりの部分が、自分達の身の回りの環境問題について問われると、さほど深刻とは受け止めぬばかりかむしろ改善されつつあるとする傾向すらある。したがって、民衆の側から環境問題に取り組もうとする気運は希薄で、環境問題は政府のやるべき仕事と考えられている。これが1995年の全国調査から得られた一応の結論である。

 本報告は以上の点を踏まえた上で、北京市の上記二地区のおける住民の環境問題に対する意識について考察することを目的とする。結論だけ言えば、95年の全国調査に見られた知識と生活実感のずれは、ここではすでに解消されている。これには、住民の教育水準の高さ、経済成長に伴う生活の質の向上への欲求の高まりなどが関係していると思われる。しかし、同じ北京市住民でも市内に戸籍を有する北京市民と流動人口に属する所謂「外地人」とでは、環境意識において大きな違いが見られる。「外地人」の環境意識には95年調査のそれと共通した面を見ることができる。一方、環境問題に対する住民の主体的取り組みという面では、95年調査の結果とそう大きな違いは見られない。この点に関しては中国の社会・文化的伝統の影響、政治体制、経済成長に伴う都市化の影響など様々な要因が考えられる。北京市二地区の調査からも、改革開放体制下における社会システムの変化に伴う意識変化、たとえば「単位」に対する信頼感の著しい低下などを見ることができ、このような社会の信用体系の動揺も大きく関係しているものと思われる。