経済―4

農民の農地請負経営権保有行動に関する一考察

−請負経営権譲渡リスクに関する意思決定論的アプローチ−

 

菅沼圭輔(新潟大学)

 

  一.課題とその背景

  課題:意思決定論(decision theory)の分析方法を適用して市場情報のリスクによって農民の行動基準は単一ではないという仮説を立て、依然として多くの農民が請負経営権の「調整」の継続を望む農民の請負経営権保有行動を説明することを試みる。

  背景:(1)請負経営権の保有に生計維持・就業リスク回避を図る「社会保険」的機能が存在すること、(2)農外労働力市場の展開が進行した地域でも請負経営権の回収・集積に反対する農民も存在し、単線的な農地利用権市場の展開が見られないという事情がある。

  二.課題の限定と分析方法

  1991〜1995年の間に実施した農家経済調査データ(河南省・商丘県、安徽省・天長県、雲南省・石林県、山東省・安丘県、四川省・新都県、広東省・南海県)を使用して、農民の請負経営権保有行動を「調整」に対する態度、つまり、人口(労働力)が増えた場合に「調整」を受ける権利を保持する方策を選択するか、「放棄」する方策を選択するかを考察する。

  その際に、方策の選択は、(1)追加的人口の自給食糧や労働力の現金所得を農外所得で補償できる機会費用、予想利益に加えて、(2) 農産物および農外就業機会に関する市場情報の理解度、つまり市場情報に関するリスクの両方によって決定されると仮定する。

  後者に関しては、意思決定論の方法を適用して、市場情報を理解している農民には最大期待利得基準を、理解していない農民にはミニマックス基準を適用し、請負経営権の追加分配を受ける権利を保持するか、放棄するかの態度を考察した。また,補足的に後者の農家群に対してはミニマックスリグレット基準についても検討した。

  そして、農家の中で大多数が権利保持を選択する時、村として「調整」の存続が選択されると判断する。

三.調査地農家の概況と市場理解度

  農家データより各地ともにミニマックス基準により機会費用を判断する農家が過半数を占めていた。つまり、市場情報に関するリスクが大きい農家が多数を占めている。

  四.各調査地の利益表の分析結果

  各方策毎の予想利益をクロス表示した利益表に基づく考察により、主に以下のことが明らかになった。(a)農外労働市場が展開した地域でも、情報リスクの小さい農家群が権利放棄を選択しても情報リスクの大きい農家群が権利保持を選択するため総じて「調整」が望まれていることが説明された(商丘県、天長県、安丘県、新都県)。調査地中で唯一「調整」が実施されていない石林県ではむしろ「調整」実施を求める圧力が生じていることになる。(b)だが情報リスクが大きいことは必ずしも就業構造の違いを無意味にしてしまうわけではなく、農外労働力市場が展開した南海県では全農家が権利放棄を選択する側面も見られた。

五.結論

「調整」停止や請負経営権の流動化を図ろうとする場合には、社会保障制度などの整備を進めて生存権的保有動機の希薄化を図ること、「社会化服務体系」の整備による農業収益条件の改善により農業の期待利益を増大させることが必要であろう。