経済―1

中国における国有企業の株式会社化と資金調達システムの変革

 

中屋信彦(九州大学大学院生)

 

中国における国有企業の株式会社化は、1984年から小規模国有企業を対象に実験が始められ、1993年の中国共産党第14期3中全会において国有企業改革の主要形態になった。以来、中国では、株式会社に改組される国有企業が増加し、特に1997年頃からは、超大型国有企業の株式会社化が相次ぐなど、その改組作業が本格化している。

国有企業の株式会社化と言えば、一般に、国家が企業所有と経営から撤退することが連想され、経済活動に対する国家の影響力が縮小するという印象を受けやすい。しかし、中国における国有企業株式会社化の現実を見てみると、必ずしもその方向では改革が進んでいないことが明らかになる。むしろ株式会社という資本主義的な企業形態を利用することによって、国有企業の資金調達システムを変革し、莫大な社会的遊休資金を国家資本のもとに結合して、国有企業の体力と国家の経済支配力を増強させている一面が認められる。本報告では、2001年4月までに実施された鉄鋼大手18社の改組事例を検討するが、少なくとも戦略的基幹産業である鉄鋼業においては、その傾向が顕著であった。

(1)鉄鋼大手18社は、2001年4月までに株式会社化を実施し、証券取引所にも上場しているが、所有面では国家が絶対的な支配を続けており、経営者も国家の意を受けた国有企業幹部によって占められている。

 (2)鉄鋼大手18社は、株式会社化とほぼ同時に、割増発行価格による増資を行っており、莫大な額の社会的遊休資金を証券市場経由で調達している。

 (3)調達された資金は、調達前資本金(国家持分100%)の数倍に相当する規模であるが、割増発行価格による増資のため、調達資金の大部分は株式発行プレミアムとして処理され、資本金に計上されるのは調達資金の数分の一程度で、かつそのほとんどは投機的な零細株主であるため、株式所有における国家の絶対的地位は動揺していない。

 (4)鉄鋼大手18社は、莫大な調達資金を投入して積極的な投資活動を展開しており、市場競争力を強化している。また、国家は、株式発行プレミアムの享受によって所有株式が代表する純資産額を膨張させ、株式会社化によってその経済力を却って増強させている。

 このような株式会社化が可能であるのは、逆説的ではあるが、資本主義経済では一般的に行われている割増発行価格による増資という手法を中国が採用しているからであり、更に言えば、割増発行価格の基礎となる「1株当り利益」を特異な操作によって高めに誘導しているからである。その手法は、国有企業のなかの優良資産のみを株式会社化し、改組前純資産を新会社の資本金に全額計上しないという複雑なものである。中国で広範に観察される、国有企業の内部組織の一部のみを別会社として株式会社に改組し、国有企業本体はその事業持株会社として存続する(分社型会社分割)という現象は、こうした手法が株式会社化の実際において採用されていることの反映である。

 以上の事実から、少なくとも本報告で検討した鉄鋼業に関しては、国有企業の株式会社化は、資本主義経済の発展過程において開発された株式会社制度や様々な資金調達の手法を用いることによって、国有企業の体力や国家の経済支配力を増強する方向で進められており、その意味では彼らの言う社会主義経済体制の構想が貫徹されていると言えるだろう。