法律・政治―5

地方政府間の「インセンティヴ格差」について

 

梶谷 懐(神戸学院大学)

 

 本報告は、改革開放期の中国における地方政府の経済的介入に関する「インセンティヴ格差」ともいうべき現象に注目し、その分析を行うことを目的とする。

 中国の経済発展の過程において地方政府の役割が重要であったことは既にさまざまな既存研究により指摘されているが、その経済介入の効率性には、地方政府間で大きな地域格差がみられた。筆者は、このような経済介入の効率性の格差が、地方政府間における「インセンティヴの格差」により生じたものであるという立場をとる。

 ここでいう地方政府間の「インセンティヴ格差」は、80年代において財政請負制に代表される「地方分権的な」財政改革が実施された結果、政府間の財政再配分機能が低下し、各政府が財政収入の留保率を高める中で生じてきたと考えられる。すなわち、一部の豊かな地域では、地方政府は自主財源を少しでも多く地元に留保し経済発展の支援を行おうという「自立」の道を歩もうとしたのに対し、経済の初期条件に劣り自主財源を確保することが困難な地域の地方政府は、そのような「自立」に代わり、上級政府からの補助金や国有銀行の地方支店からの政策融資割当てに頼るいわば「寄生」の道を選択する、という一種の二極分化的現象が見られたのである。

 このような現象は、地域間の所得格差の固定化をもたらすばかりではなく、貧しい地域における地方政府の「モラルハザード」とそれに伴う投資効率の低下を誘発して地域間の生産性格差を一層拡大させる働きをもっていたものと考えられる。

 こういった地域間の経済格差の固定化ないしは拡大の問題は、政策当局によっても問題視されており、これに対処するべく近年、中央政府の財政的権限と再分配機能を拡充することを目指した財政改革が実行に移されているのは周知の通りである。しかし地域間格差の縮小という点に関しては現在までのところ目立った効果は見られないばかりか、地方政府間の財政収入および支出の格差は、むしろここ数年間拡大を続けているのが現状である。

 いずれにせよ、中央集権化か地方分権化か、といった二分法的な議論にのっとって、単純に地方政府の力を封じ込めようとするのでは解決の糸口は見えてこないものと思われる。地方政府の役割が中国の今後の経済発展にとっても重要である、といった前提に立った上で、どのようなレベルの地方政府が、どのような内容の経済介入を行うことが適切なのかということを検討し、それが実現できるような地方財政制度の確立を目指すべきであろう。